002:習慣力を持つ人は天才である

「習慣力を持つ人は天才である」

朝起きる、体を伸ばす、水を飲む、シャワーを浴びる、缶コーヒーを飲む、ニュースを見る、SNSをチェックする、出社する、ネットで新聞をチェックする、缶コーヒーを飲む、プレゼンの準備をする、今後の指針について議論する、お菓子を食べる、家に帰ってくる、ブログを描く、お酒を飲む、シャワーを浴びる、寝る。

習慣化とは恐ろしいもので、普通は苦痛に感じるはずの行動も厭わず行ってしまう。一種の鈍感力と言うべきか。人の習慣とはおおよそ9割以上は他人と同じような行動と思うのだが、残りの1割が人生を左右する習慣といっても過言ではないだろう。その習慣とは「人とは異なる習慣である」。

(朝)「毎日必ず朝起きたら100回腹筋します」例えばこんな習慣を持った人がいたとしよう。100人いたら1人ぐらいはいるだろうか。なかなか人には真似できない習慣である。モチベーションを絶やさずに続けるのは非常に難しい。しかし、もし1年、2年続けられたと仮定しよう。その人は見事なシックスパックを手に入れるだろう。シックスパックを持たない100人より何かの可能性を、彼(彼女)は掴んだわけだ。

(昼)「毎日必ず缶コーヒーの写真をSNSにアップロードします」こんな習慣何になるのか、疑問を呈する人もいるだろう。しかしどうだろうか、もし1年、2年とこの習慣を続けたとしよう。彼(彼女)のSNSは缶コーヒーの画像で溢れかえるが、そこには習慣化したからこそ手に入る情報が盛りだくさんである。缶のデザイン、写真の撮り方、季節限定の缶コーヒー、味の評価、自身の感想、他人からの評価。話のタネにもなるだろう。

(夜)「毎日必ず夜の1時間を使って英会話の勉強をします」至極真っ当で役に立つ習慣である。英会話力は一朝一夕で身につくものではなく、時間を費やしてようやく手に入れる能力である。毎日と言うのが味噌で、忘却曲線のグラフを思い出してもらうとわかりやすいだろう、人の記憶力なんてちっぽけなものである。イベント記憶といっただろうか。その一時記憶から手続き記憶(自然に行える記憶や習慣)へ移すのに必要なのは、そう習慣である。

例を3点あげてみたがどうだろうか。習慣化とは以外であるが、そもそも簡単にできることではない。なぜなら習慣化するのにも技術が存在するからである。その技術を巧みに使い技術や機会を獲得する人たちは、私からして見ると天才と言わざるを得ない。人は皆、楽な方に流れるのが常である。天才とは習慣を多く持つ人だと思う。しかし釈然としないのは私が言う天才は、いつも他人からの評価の上に成り立っていることである。それは私が承認欲求を追い求める性格であるが故なのか、天才とは他者との比較で生まれる存在だからなのか。そもそも現代において、自ら金を稼ぎ、毎日ご飯を食べ、生きていること自体、天才なのではないだろうか。

思いつきで書いた「毎日必ず缶コーヒーの写真をSNSにアップロードします」だが、少し面白そうなのでやってみようかと思う。簡単で手間もかからない、しかし、ちょっとした話のネタにはなってくれるだろう。父親が言っていたが「小話をできる人間はいい人間だ」と。昔は小話くらい誰でもできるだろと思っていたが、案外この歳になってくると、小話のレパートリーを多く持つ人は確かにいい人間だなと思えるようになってきた。(1396文字)

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【30分で記事作成】第二弾。またタイプしながら、ストーリーを考えてしまった。1000程度の文章なら、アウトラインなしでも書けてしまう、でもそこにはストーリー性がないんだよな。イカンイカン、ただただ頭を空っぽにして、記事を作っても得られるものは少ない。頭を使わねば。多動力みたいな、習慣力。